はじめに
Yesの「Close To The Edge」は、1972年にリリースされたプログレッシブ・ロックの金字塔だ。今回は、この名盤のレコード英国初盤(いわゆるUK ORIGINAL)と、2019年に発売された日本盤ハイレゾCD(MQA-CD ✕ UHQCD)を比較し、それぞれの音質や聴きごたえを探る。
なお、使用する機材はいつもの使用機材である。今回はCD再生はSACD対応が必要ないのでMarantzのスイングアームを使い、よりレコードプレイヤーに近いような環境で聴き比べてみた。
アルバム基本情報
大変有名なアルバムなのでもはや解説不要かもしれないが、一応概要は記載しておく。
- アーティスト:Yes
- アルバムタイトル:Close To The Edge
- リリース日:1972年9月13日
- レーベル:Atlantic Records
- プロデューサー:Yes & Eddy Offord
- ジャンル:プログレッシブ・ロック
- 収録時間:約37分
- 収録曲数:3曲(組曲形式)
制作時のメンバー
- ジョン・アンダーソン(Jon Anderson):リードボーカル
- スティーヴ・ハウ(Steve Howe):ギター、コーラス
- クリス・スクワイア(Chris Squire):ベース、コーラス
- リック・ウェイクマン(Rick Wakeman):キーボード(ハモンドオルガン、ミニムーグ、メロトロンなど)
- ビル・ブルフォード(Bill Bruford):ドラム、パーカッション
このラインナップは、多くのファンから「Yesの黄金期」と呼ばれている。彼らの技術力と創造性が最高潮に達した時期であり、本作「Close To The Edge」はその集大成とも言える作品だ。
レコード英国初版の特徴
まずはレコードから見ていこう。
ジャケットはTEXTURE使用。織物のような加工がされたザラザラした質感のゲートフォールド仕様だ。
つづいてレーベル面とマトリクスチェック。
マトはA面 [K50012 A1] / B面 [K50012 B1]、ということでUK ORIGINALの俗に言うMAT1/1盤である。
音質と印象
さて、レコードで再生した印象をまずは記したい。第一印象は以下の通り。
- 音質は非常にクリアで、楽器の分離が良好だ。
- ギターとキーボードの絡みが際立ち、アコースティックな部分も豊かに表現されている。
- 全体的に温かみのある音色で、アナログならではの魅力がある。
英国初盤レコードの特徴として、特筆すべきは音の厚みと奥行きだ。デジタル音源では得られない、いわゆる「アナログ感」が全体を包み込んでいる。これは、レコード特有のダイナミックレンジの広さと、アナログ録音・再生系の特性によるものだろう。
音楽的にはどちらかというとクラシックのような構成に近く、様々な楽器が入り乱れているが、楽器の凸凹のようなバランスの悪さを感じることもない。非常に良く鳴る、高音質盤と言って間違いない。さすがマト1、「これぞオリジナル盤」というコレクターの満足度を極めて高めてくれる出来である。
楽器別の印象
- ベース:太く、しっかりとした存在感がある。クリス・スクワイアの卓越したベースラインが、曲の骨格をしっかりと支えている。
- ドラム:生々しい音像で、特にシンバルの響きが美しい。ビル・ブルフォードの繊細かつダイナミックなプレイが、高い解像度で再現されている。
- ボーカル:ジョン・アンダーソンの声が柔らかく、情感豊かに表現されている。彼特有の高音ボーカルが、レコードの温かみと相まって心地よく耳に届く。
- ギター:スティーヴ・ハウのギターは、繊細なアコースティックから力強いエレクトリックまで、幅広い音色を鮮明に再現している。
- キーボード:リック・ウェイクマンの多彩なキーボードサウンドが、空間を立体的に埋めている。特にメロトロンやハモンドオルガンの音色が印象的だ。
音場と臨場感
- 広がりのある音場で、バンドの演奏が目の前で行われているような臨場感がある。
- 特に「And You And I」のアコースティックギターの響きが印象的だ。高音域のキラメキはいわゆる鈴鳴り。途中から入るベースのダダダダダ、の低音域との分離がはっきりしていて気持ちいい。曲調が似てるからかもしれないが、「LED ZEPPELIN Ⅲ」のB面のようにきれいな音が分離しているのだが、音圧は若干控えめ。パワー不足ではなく、キーボードがかなり印象的に使われているのでむしろ心地いいのはこのくらいの音圧だと思う。
レコードならではの特徴として、音の広がりと奥行きが挙げられる。各楽器の定位が明確でありながら、全体としての一体感も損なわれていない。これは、アナログ録音特有の自然な音の重なりによるものだろう。
日本盤ハイレゾCDの特徴
さて、続いては日本盤のハイレゾCDのを見ていこう。
日本盤らしく帯付き。しかも裏面にまでわたる帯である。裏面に今回のハイレゾについての詳しい説明の記載がある。
詳細な仕様は上記をお読みいただくか、あるいはWebなどで検索してほしい。
とっても簡単にいうと、音源的なテクノロジーがMQA、CDの材質的なテクノロジーがUHQCDということのようだ。
音質と解像度
ではさっそくCDの印象を綴っていきたい。まず第一印象は、
- 高解像度で、細部まで明確に聴き取れる。
- 全体的にクリアで、特に高音域の表現が優れている。
という点だ。
日本盤ハイレゾCDの特徴は、その圧倒的な解像度にある。デジタル技術の進歩により、かつてのCDでは再現できなかった微細な音の揺らぎや倍音構造までもが、鮮明に聴き取れるようになった。旧式(ハイレゾが出る前のCD)だとどうしてもアナログからデジタルコンバートした際に起こる音のこもりのようなものが感じられたが、このCDでは正直あら捜ししても見つからないくらいクリアである。
楽器別の印象
- ベース:タイトで輪郭がはっきりしている。低音の質感や粒立ちが明確で、スクワイアの指さばきまでもが聴こえてくるようだ。
- ドラム:キックの低音が明確で、スネアの抜けが良い。シンバルのデリケートな響きや余韻も、高い精度で再現されている。
- ボーカル:ジョン・アンダーソンの声の細かいニュアンスまで捉えられている。彼の息遣いや声の揺らぎまでもが、克明に再現されている。
- ギター:ハウのギターは、アコースティックとエレクトリック両方で弦の振動や指板上の動きまでも聴こえてくるような精緻さがある。
- キーボード:ウェイクマンの多彩なキーボードサウンドが、それぞれ特性を保ちながら明確に分離して聴こえる。特にシンセサイザー複雑な音色構成が、高い解像度で再現されている。
音場と空間表現
- 音の定位が明確で、各楽器の配置が把握しやすい。
- 「Close to the Edge」の冒頭部分の環境音の広がりが印象的だ。
ハイレゾCD特徴として、音場再現性の高さが挙げられる。各楽器の定位が明確で音源の前後左右の位置関係が把握しやすいと感じる。また残響音や空間の響きも精密に再現されており、録音された場の空間特性が伝わってくる。レコードに比べると正直クリアすぎる印象もあるが、これはこれでいいんじゃないかと私は思った。
聴き比べ結果
音質違い
- レコード英国初盤:温かみある音色で比較すれば全体的にまろやかな印象。アナログ特有の自然な重なり、音の厚みが魅力。
- 日本盤ハイレゾCD:クリアで解像度が高く細部まで明確に響く印象。デジタルならでは正確さ・精密さが際立つ。
両者の違いはまさにアナログ・デジタルの特性の違いを如実に表している。レコード全体的に温かみを感じ、自然な音の重なりが魅力なのがレコード、細部まで響き渡る精密さやクリアな空間表現、とくにYesの演奏の正確さをしっかり楽しめるのがハイレゾCDの特徴だ。
まとめ
さて、「Close To The Edge」を聴き比べてみた。レコード英国初盤、日本盤ハイレゾCDとも独自の魅力がある。正直、甲乙つけがたいな…と思う。どちらにも良いところがあるし、正直悪いところが見当たらない。
レコードの魅力はその自然な音の重なりと全体温かみである。「Close to the Edge」というアルバム全体で奏でられる壮大な楽曲ではアナログ的な厚みは非常に効果的であると思う。ただ、ハイレゾCDと比べるとどうしても細部の解像度に若干の甘さがあることも否定できない。(比較しなければ全く気づかない点だ)
ハイレゾCDの強みはやはり圧倒的解像度であろう。空間表現の正確さ、複雑に楽器が絡みあう楽曲のなかでの繊細な音色の変化を極めて高精度に再現している。A面1曲目のタイトル曲のような複雑に楽器が絡み合う楽曲でその真価を発揮していると感じる。一方、レコードと比べるとクリアすぎるがゆえにデジタルにありがちな冷たさを感じる部分がなくもない。
あえて結論づけるなら、これはもうコレクターとしてあるまじき回答なのだが、「高いお金出してオリジナル盤まではちょっと…」という人ならば迷わずこのハイレゾCDで満足できる、ということかと思う。以前ビル・エヴァンスの「Waltz For Debby」のオリジナル盤とSACDの聴き比べを実施した際の結論よりは若干弱含みではあるが、やはり価格差を考慮すると、このハイレゾCDでも十分満足度は高いと思う。なお、私はこのLPオリジナル盤は2万5千円程度(コンディション:EX)で手に入れた。いまならおそらく3万はする気がする。CDならその1/10もしないだろう。
個人的には両者をシチュエーションに応じて使い分け(聞き分け)することをおすすめしたい。じっくり落ち着いた雰囲気で、かつA面とB面を切り替える「間」も含めて1枚のアルバム、作品として楽しむ時はレコードで。ハイレゾCDは手間も考慮しBGM的にでも聞けるし、楽曲分析や演奏分析など、細部をより聞き込みたいときにおすすめだ。
音楽はその本質を感じるために、多様なメディアで楽しむことも大切だと個人的には思う。この名盤を通じて、レコード、CDの素晴らしさを改めて再認識できた有意義な聴き比べだった。「Close To The Edge」は45年以上経った今でもその価値失っていない。むしろ技術進歩より当時気づかなかった細部素晴らしさが明らかになったと感じた。
プログレッシブ・ロック金字塔としてそして歴史残る傑作として「Close To The Edge」は今後も多くファン魅了し続けるだろう。レコード、ハイレゾCD、それぞれ特性活かしてぜひこの名盤の魅力を堪能してほしい。
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