はじめに
今日は以前に「今月の愛聴盤」のなかの1枚としておすすめした「Bored Civilian」(邦題:「時空の旅人」)を取り上げたいと思う。
1970年代初頭のイギリス音楽シーンは、ロック、フォーク、プログレッシブと様々なジャンルが交錯し、新しい音楽の形を模索していた時代だった。そんな中、1972年にリリースされたKEITH CROSS AND PETER ROSSの「Bored Civilians」は、当時のムードを色濃く反映しつつも、独自の世界観を持つ作品として音楽ファンの間で高く評価されている。本記事では、このアルバムのレコード盤とCD盤を紹介したい。
アーティスト紹介
キース・クロスとピーター・ロスは、一見すると異なる音楽的バックグラウンドを持つミュージシャンだった。
キース・クロスは、1960年代後半にプログレッシブ・ハードロックバンドT2のギタリストとして活動していた。T2は1970年に「It’ll All Work Out in Boomland」というアルバムをリリースし、その斬新なサウンドで注目を集めた。クロスの技巧派なギタープレイは、バンドの特徴的な音楽性の中核を担っていた。
一方、ピーター・ロスはHookfootというブルース系バンドで活動していた。彼の温かみのある歌声とソングライティング能力は、フォークロック的な要素を強く持っていた。
二人の出会いは、ロンドンのバーモンジーにある古い倉庫だったという。互いの音楽性に惹かれた二人は、すぐに意気投合し、共同で音楽制作を始めることになった。
アルバム制作の背景
「Bored Civilians」の制作にあたり、クロスとロスは北ウェールズの静かなコテージに籠もった。都会の喧騒から離れ、自然に囲まれた環境で、二人は楽曲の大半を書き上げていった。この制作環境が、アルバム全体に漂う穏やかでメロウな雰囲気に大きく影響していると考えられる。1
アルバムのタイトル「Bored Civilians」(直訳:退屈な市民たち)には、当時の社会への皮肉や、既存の価値観に縛られない自由な精神が込められているようだ。1970年代初頭は、ベトナム戦争の影響やカウンターカルチャーの台頭など、社会が大きく変動していた時期でもあった。そんな時代背景が、アルバムの随所に反映されている。
アルバム概要
「Bored Civilians」は1972年4月にDeccaレーベルからリリースされた。全9曲で構成されており、収録時間は約40分である。収録曲は以下の通り:
- The Last Ocean Rider
- Bored Civilians
- Peace in the End
- Story To A Friend
- Loving You Take So Long
- Pastels
- The Dead Salute
- Bo Radley
- Fly Home
各楽曲はクロスとロスの共作が中心だが、3曲目の「Peace in the End」はSandy DennyとTrevor Lucasによる楽曲のカバーとなっている。
音楽性の特徴
「Bored Civilians」の音楽性はUS西海岸サウンドとブリティッシュ・フォークロック、そしてプログレッシブ・ロックの要素が絶妙にブレンドされている。アルバム冒頭を飾る「The Last Ocean Rider」は、クロスビー・スティルス・ナッシュを彷彿とさせるハーモニーボーカルとBJ Coleによる印象的なペダルスティールギターが特徴的だ。この曲はアルバム全体の雰囲気を象徴するような開放的なサウンドを持っている。
タイトル曲「Bored Civilians」ではアコースティックギターとエレクトリックギターが絡み合い、クロスの技巧的なギタープレイが際立つ。歌詞内容も相まって社会への批評的な視点が感じられる楽曲となっている。
「Peace in the End」のカバーはオリジナル持つフォーク的要素残しつつより洗練されたアレンジ施されている。クロスとロス声調和特に印象的だ。
「Story To A Friend」ではJimmy Hastingsによるフルートが英国的情緒醸し出している。プログレッシブ・ロック要素強く感じられる曲で楽曲構成妙光る。
アルバム全体通してメロウでサニー雰囲気漂っており70年代初頭時代性よく反映している。同時にクロスギターワークとロス歌声生み出す独特世界観他アーティストとは一線画すものとなっている。
レコードとCD
レコード
オリジナル盤は現在では非常に希少アイテムとなっており、その希少性から中古市場では高額取引されること多い。例えば良好コンディションの場合、中古市場では数万円から10万円以上になることもある。以前(コロナ禍中)、組合で私が見たものは10万を若干切るくらいだった。今ならそれ以上だろう。当然ながら手出しはできなかった。
私が所有している写真の1枚は2020年の「Record Store Day」の一環として180グラム重量盤再発されたものだ。RSD当日に新品で購入した。このプレスも限定1000枚?だったらしく、すぐに入手困難となった。当時のお値段2800円、これはお買い得だった。
せっかくなので再発盤をもう少し見ていこう。
まずは裏ジャケ。
続いてインナースリーブの裏表もみておきたい。
オリジナル盤を持っていないので比較はできないが、おそらく忠実に当時のインナースリーブを復刻していると思われる。
レーベル面はデッカのオールドタイプ。ストーンズのレコなどで見かけるやつだ。
さて、この再発レコードだが、重量盤だけあって音の方もしっかりとした作りで満足できる仕上がりだ。
- アナログ特有の柔らかく温かみある音質
- 広がりある音場
- 楽器の質感、音の広がりが自然に感じられる
- 特にアコースティック楽器の響きが非常に豊か
オリジナル盤はこれを凌駕する出来なのかもしれないが、希少性を考えれば再発盤でも手に入れられただけで満足。音も及第点以上である。
CD
CDは何回かリイシューされており、中古市場でもレコードよりは比較的手軽に入手できる。2014年にはクラシックのリマスターで有名な日本のEsotericからデジタルリマスター版リリースされていたようだ。(この記事のために検索するまで知らなかった)
私が所有しているものを見ていこう。
私が所有している盤は1992年に「ザ・グローリー・オブ・ブリティッシュ・ロック」シリーズでリリースされたものだ。中古で880円で最近購入した。
CDでのレーベル面はDERAM表記だった。帯もしっかりついているが、何かしらの応募券が印刷されていたのであろう、一部切り取られている。なお、解説は伊藤政則氏ほか3人ほど。なかなかの力の入れようである。
CDの音質の特徴だが、極めて一般的な以下ような点が挙げられる:
- クリアで歪みの少ない音質
- 細かい音の再現性高い
- 特にヴォーカルハーモニーの繊細さは十分伝わる
- 低音の輪郭が明確
レコードももちろんいいのだが、CDでも及第点以上の音質である。
聴き比べポイント
今回はレコードもオリジナル盤ではないのでCDとの聴き比べでどちらかに軍配、ということはやらないでおく。両方聞いた上で、特に注目したいポイントをいくつか挙げておきたい。
- ヴォーカルハーモニー:
「The Last Ocean Rider」や「Bored Civilians」などでのハーモニー。レコードではより一体感ある音としてCDではより分離した音として聴こえる。どちらもね、いいんですよ。 - ギターサウンド:
アコースティックギターの音色。レコードではより温かみある音としてCDではより輪郭がはっきりしている - 空間表現:
「Story To A Friend」など楽曲で楽器定位や音場広がり比較してみよう。レコードでは自然な広がりが感じられるし、CDではより正確な定位を感じられる。 - 低音質感:
ベースの音。レコードではよりまろやかな音としてCDではよりタイトな音として聴こえる。 - 全体的雰囲気:
アルバム全体を通して感じられる70年代初頭の雰囲気。レコードとCD、それぞれ趣深い。
総評
「Bored Civilians」は70年代初頭の英国フォークロックシーンの代表的隠れた名作だ。キース・クロスの繊細なギターワーク。ピーター・ロスの温かみある歌声が織り成すハーモニー。正直ソフト面での違いは無視してどちらでも十分楽しむことできる。
レコードは温かみのある自然な広がりが魅力だ。特にアコースティック楽器の質感やヴォーカル艶やかさが自然に感じられる。時代の雰囲気、とでもいおうか、収録されている曲がアコースティックよりなので、ムードとしてはレコードはぴったりだと思う。その一方でオリジナル盤はじめ再発盤ですら入手はなかなか困難。高額のためコレクターズアイテムの側面も強い。
CDはクリアな音質で細部まで聴き取れる。解像度も非常に高いが、デジタル臭は強くない。ミックスがレコードよりも把握しやすいので複雑な楽器構成の楽曲も明確に把握できる。価格もレコードに比べれば比較的安価。CDも数は少ないが、根気よく探せば入手は可能だ。
リスナー好みや聴く環境、予算によって変わってくるだろう。ただどちら選んでも「Bored Civilians」魅力は十分味わうことできるはずだ。
残念ながらこのアルバムを最後にキース・クロスとピーター・ロスは別々の道を歩むことになった。しかし彼ら残した唯一の作品「Bored Civilians」は今なお多く音楽ファン魅了し続けている。
音楽ファン皆さんにはぜひこの名作様々形楽しんでいただきたい。
コメント