時を超える音の旅:『狂気』の魅力を探る
唐突だが、2025年2月7日よりヒプノシスの映画が公開された。

数あるヒプノシスデザインの名盤の中でも特に有名なのはピンク・フロイドの一連の作品であろう。
ということで今回は映画公開を記念して彼らの代表作にしてロック至宝の名盤、「狂気」を取り上げたいと思う。
光を屈折させるプリズムのように、ピンク・フロイドの『The Dark Side of the Moon』(邦題:『狂気』)は、半世紀を経た今もなお、私たちの心に様々な色彩を映し出し続けている。今回、このロック史に燦然と輝く名盤のUKオリジナルMAT2/2レコードとSACDハイブリッド盤の聴き比べを通じて、その不朽の魅力を再発見する旅に出かけよう。
ちなみに、ピンク・フロイドに関しては以前「WISH YOU WERE HERE」のインド盤、イスラエル盤を取り上げている。ご興味ある方はそちらもご一読の程を。
『狂気』の概要とメンバー構成
1973年に発表された『狂気』は、ピンク・フロイドの8作目のスタジオ・アルバムであり、バンドのキャリアにおける転換点となった作品だ。録音に参加したメンバーは以下の通りである:
- ロジャー・ウォーターズ(ベース、ヴォーカル)
- デヴィッド・ギルモア(ギター、ヴォーカル)
- リチャード・ライト(キーボード、ヴォーカル)
- ニック・メイスン(ドラムス)
Wikipediaにも記載があるが、本作はアメリカ・ビルボードのBillboard 200において1973年4月28日付けで1位を獲得[、ピンク・フロイドにとっては初の全米チャートでの1位獲得となった。
また、Billboard 200に15年間(741週連続)にわたってランクインし続け、さらにカタログチャートでは30年以上(1,630週以上)に渡ってランクインするというロングセラーのギネス記録を打ち立てた歴史的なアルバムである。キャッシュボックスでは233週。全英オフィシャルチャートでも551週にわたってランクインしている。まさにモンスター・アルバムである。
ピンク・フロイドにおける『狂気』の位置づけ
『狂気』は、ピンク・フロイドの音楽性が大きく進化した作品だ。それまでのサイケデリックな実験性を保ちつつ、より洗練されたサウンドと普遍的なテーマを持つ楽曲群で構成されている。このアルバムの成功により、バンドは世界的な名声を獲得し、以後のプログレッシブ・ロックの方向性に大きな影響を与えた。
録音とプロデュース
録音は、EMIスタジオ(現アビイ・ロード・スタジオ)で行われ、レコーディング・エンジニアにはAlan Parsonsを起用。彼の技術力も、このアルバムの音質の高さに大きく貢献している。サウンドエフェクトや具体音(心臓音、時計の音、キャッシュレジスター音など)の巧みな使用は、アルバムの概念をより深く表現することに成功している。
UKオリジナル盤の外的特徴
長くなったが、うんちく部分は私が語るよりもたくさんの情報がネットや書籍に溢れているので、早速私が所有しているUKオリジナル盤を見ていきたい。

ジャケットは、デザイン集団ヒプノシスによる革新的なアートワークで、プリズムと光のイメージを用いて、アルバムのテーマを視覚的に表現している。UKオリジナル盤は、Harvest社から1973年に発売された。ジャケットは青みがかったブルーティントジャケットと言われるものだ。残念ながら私のはスレが多くてところどころ白が除いているが、経年劣化の類なので致し方ない。


レーベル面には、ハーベスト・レーベルの特徴的な青と白のデザインが施されている。マトリックス番号はA面がSHVL 804 A-2、B面がSHVL 804 B-2となっており、いわゆるMAT2/2プレスだ。レーベルの三角形がいわゆる「ソリッドブルー」である。これが後期になるに従い、ブラックに変わっていく。(マトリクス番号は薄くて撮影できず、、、あしからずご了承いただきたい)
さて、本作が完全オリジナルで入手するのが大変困難な理由が、この「ジャケ」「盤」に加えて、余計な?付属品が必要である点だ。ポストカード型ステッカー2点、ポスター2点、そしてブラックインナー(単なる黒いレコカバー)がそれである。



残念ながら私はポストカード型のステッカーが1枚欠落している。ポスター2枚(新聞紙よりも大きなサイズ)とブラックインナーはしっかりある。うーん、残念…だが、音には全く関係ないのと、こういう付録的なものにあまり魅力を感じない質だ。欠品があることで購入値段が完品よりも安く済んだのはむしろラッキーだった。
ちなみに本作を2018年頃、ユニオン新宿中古センターで6万8千円で購入した。盤質はEX、ジャケはEX-というところだ。レコードの盤質は傷一つない、極めて状態の良いものである。音にしかこだわりがない私としては大満足である。
音質の比較
さて、それでは早速聴き比べてみたい。
今回は対抗馬を2003年リマスターのSACDハイブリッド盤とした。このアルバム、SACDハイブリッドにしては中古市場でも数が多く、また値段もお安い。SACD対応なのに2000円しないで中古で手に入る。後述するが、これは相当オトクである。


音についてはもちろんSACDレイヤーでの聴き比べることにする。
UKオリジナル盤MAT2/2
まずはUKオリジナル盤。音は、驚くほど生々しく、立体的だ。特に低域の存在感が際立っており、ウォーターズのベースラインが楽曲の骨格をしっかりと支えている。「Breathe」のイントロでは、メイスンのドラムスが部屋中に鳴り響き、まるでスタジオにいるかのような臨場感を感じる。
アナログ特有の温かみがあり、特に「Us and Them」のようなゆったりとした楽曲で、その魅力が際立つ。Dick Parryのサックスの音色が、より柔らかく、情感豊かに響く。また「Money」冒頭のスロットマシンのコインが落ちる音などは高音部がキンキンではなく柔らかみをもって響く。美しいハーモニーである。
正直、文句のつけようがない。盤質が素晴らしいのもあるが、完璧である。MMカートリッジよりはやはりMCカートリッジでより丁寧に溝音を引き上げて聞くのが良いと思う。繊細なミックスがより一層生々しく伝わると思う。
SACDハイブリッド盤
SACDハイブリッド盤は、クリアで解像度の高い音質が特徴だ。特に高域の伸びやきめ細かさは、アナログ盤を上回る。「Time」の冒頭に鳴り響く時計の音は、より鮮明に聞こえ、空間的な広がりも感じられる。また、「The Great Gig in the Sky」でのClare Torryのヴォーカルは、より繊細なニュアンスまで捉えられている。これはこれで全く問題ない。及第点だ。
CDとレコードの聴感の違い
CDとレコードの聴感の違いは、音楽愛好家の間で長年議論されてきたトピックだ。『狂気』の場合、CDは全体的にクリアで歪みの少ない音質を提供する。特に「Money」のキャッシュレジスターの音や、「On the Run」のシンセサイザーの音が、より精密に再現される。
一方、レコードは音に温かみと奥行きを与える。特に「Us and Them」のようなスローテンポの曲で、その効果が顕著だ。また、レコードの持つアナログ特有のノイズが、楽曲に独特の雰囲気を加えている。
結論:どちらを選ぶべきか
UKオリジナル盤MAT2/2は、唯一無二の高音質盤であると言える。その温かみのある音質、立体的な音像、そして低域の豊かさは、他の版では完全に再現することは難しい。特に、アナログ機器で聴く際の魅力は格別だ。
一方で、SACDハイブリッド盤も十分に及第点に達している。その解像度の高さ、ダイナミックレンジの広さ、そして高域の伸びは、現代のオーディオ機器との相性も良く、多くのリスナーを満足させるだろう。
価格差を考慮すると、これから『狂気』を入手しようと考えている人には、SACDハイブリッド盤をおすすめしたい。高音質で、かつCDプレーヤーでも再生可能という利点もある。正直、オリジナル盤の音は唯一無二だと思う。が、これを多くの人が体験することは価格の面でも、物量の面でも難しいだろう。盤のコンディションによっても千差万別。正直再現性は乏しい。
その点、SACDハイブリッドは価格も手頃だし、SACDプレイヤーさえあれば誰でも再生が可能であり、しかも音もオリジナル盤に劣るものではない。もちろんオーディオファイルや熱心なピンク・フロイドファンにとっては、UKオリジナル盤MAT2/2は依然として究極の選択肢であり続けるだろう。だが、そこまでではないライトなファンにもSACDでオリジナル盤に近しい高音質は味わってもらえるはずだ。
どちらのフォーマットを選んでも、『狂気』の音楽的価値は色褪せることがない。現代社会の抱える問題や人間の内面を鋭く描き出した歌詞、緻密に構築されたサウンドスケープ、そして普遍的なメロディラインは、今なお多くのリスナーの心を捉えて離さない。『狂気』は、単なる音楽作品を超えて、20世紀を代表する芸術作品の一つとして、これからも輝き続けるだろう。
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